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あついですね。

2012.07.29 (Sun)

いよいよ夏本番です。
取り敢えず2回の上京が決定し、バイトもちょくちょくこなし、卒論の中心が見えたところ。蓋を開けてみたら意外と予定が詰まっていて、忙しかった。
最優先事項は8月6日の東京遠征、全マン演奏会です。本番まで日がないのであと2週間は結構練習しないと……楽譜整理も!



そして以下、つらつらと思うこと。
相変わらず説教くさくて面倒臭い内容ですが、ハッサンハッサンしとかないと自分の健康に悪いので、ここで失礼しまーす!

【More・・・】



落ち込んでいる人を元気づけることや、内に閉じこもってしまった人にもう一度歩み出す勇気を与えることって、本当に難しいことだと思います。
そして、手を伸ばす覚悟についても。

ここら辺は今朝ついったでぼやきましたけれども。
何にも知らない身だからこそ言えることもあると思います、ええ。

手を伸ばす時には覚悟が必要だと思います。相手が、再び歩き出すまで絶対に離さない、っていう。
絶対に途中で挫けない覚悟が必要だと思います。
絶対に途中で覚えた微かな憤りすら出さない強さが必要だと思います。

だって、それくらいの優しさと、自分を殺す強さと、覚悟がないと、落ちてしまった人を更に傷つけてしまうだろうから。それで何もかも切れてしまうのは自分達にとっても周囲にとっても辛すぎやしませんか。


そして、何より、自分を真の意味で癒すのは自分しかいないと思うのです。
勿論、切欠はその人を取り巻く環境、外にあるでしょうけれど、自分の心が最終決定権を持っています。
私達は、落ちている誰かにとっては外に位置します。私達が差し出す手は、もしかすると、誰かにとっては要らないもの、必要のないものとなるやもしれません。

差し出します。受け取るかどうかは、自己治癒能力を有しているけれどそれに気付いていない誰か、です。
私は、それを受け取るかどうかはその人の自由だと思います。手を取るかどうかはその人の選択です。
手を差し出した時点で、差し出した手をどうするか、という権利は、差し出された人に委託されたのだと考えています。
誰かの手を取るかそれとも自分の足で立ち上がるかを決めて動き出すまで、その瞬間までどうするかの権利は自分に戻ってきません。

なのに、相手が手を取ってくれないからといって、苛立ちを見せるのは少々勝手すぎやしませんか?
自分の心がどうあろうと、その人を救いたいと思うのならば、せめてその人に対して適切な振舞いを心掛けるべきではありませんか。接し方、諭し方、色々方法はあるでしょう。救いたいと思うのなら優しい言葉だって沢山持っている筈でしょう。


出来ないと途中で諦めてしまおうとするなら、最初からやるべきではなかったのです。
所詮他人だもの。分かり合えるわけがない。だからこそ、何処までその人に寄り添えるか。
何処まで一緒に深く潜っていけるか。

覚悟だと思います。誰かの深淵にダイブすることがどれだけ危険であるか。ともすれば地獄です。
だからこそ、一層大切な人になるのだと思います。性別、男女、恋人、夫婦、友人、関係を形容する言葉を全部とっぱらって、ただ、ひとりの人間として。



私が落ちた経験があったから、そして、落ちている人に拒絶された経験もあったから。
とても困難なことだと思います。だからこそ、その向こうに得られる喜びは非常に大きいものとなるでしょう。
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