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異世界便り

〜日々のあれやこれ、サイト更新情報、雑記、ゲーム攻略など。〜
愛の行方 2019.10.09
怒りの矛先と想像力 2019.09.27
叩き潰してきたものたちの記録 2019.09.26
戻そうとして伸び悩む話 2019.09.25
件の彼の話 2019.09.24
手放したものを取り戻した時 2019.09.23
音楽の再開 2019.09.22

手放したものを取り戻した時

一昨日ぶっ壊したキッチンの水栓をまるっと取り換える為、午前は両親と業者の方の来訪を受けた。それまでちょっと暇だったのでピアノを弾いていた。
午後はうっかり昼寝をしてからWeb小説を2本ほど読み、手持ち無沙汰になった夕方、手慣らしにラヴェルの中から何か手に馴染んだ曲を弾いてこようと練習室へ。ちょっと興が乗って、かつて最高潮に腕がのっていた時にサロンコンサートで弾いた曲……ラフマニノフの前奏曲を引っ張り出して譜面を読んでみたら、これがまあ面倒なことこの上なかった。勇壮な船が海原をゆくような印象を与える第二番。高校生の私はどうしてこんなものが弾けたんだろうと思いながら、今の私は途方に暮れている。ここまでの力を取り戻せるだろうか。答えは一つ、やるしかない。因みに「鐘」は大好きだ。
大好きなドビュッシーのアラベスク二曲やベルガマスク組曲は、少しずつ指が回るようになってきた。此方の攻略もせねばなるまい。ベルガマスクとベルガリアードってちょっと似ているような気がする。
しかし、正しく弾けば弾くほどに成長を感じられる「楽器」というものは、とても良い相棒だ。誰かに披露する機会があれば、なおさら良い。ブランクは開いてしまったけれども、幼少期から十二年間にわたってクラシック一本で多少専門的な訓練を受けていたのは、大いなる幸運だったと思う。


ところで、棚の中の楽譜を漁っていたら、十代の頃に作詞作曲した歌を発見した。

歌詞案1

歌詞案2

今作っているものの方が言葉選びは洗練されているのは明らかだけれど、コンセプトが変わっていないのがミソだと思う。再会を信じる明るい別れネタ率の高さが異常。私の根幹が何ら変わっていない証明である。きっと変わらなくていいところだと思う。
黄色い紙にうっかり書いた方はどんな旋律を付けたのか全く解読できない。しかし、十年前の私には音符で書くという行為をして欲しかった。十年後の私がちょっとリライトしてネットの海に放流したいと考える可能性をまるっと無視している。
取り敢えず今は数日前にできた曲の伴奏を考えたいのだ。


……こういうことをしていると、気を紛らわせているだけなのかもしれない、痛々しい傷に向き合って治そうとしていないんじゃないか、と、私の中で何かが囁いている。
だけれど、これは必要な事なのだ、という芯のある声も、同時に聞こえてくる。
己の心を癒すものは多ければ多いほどいい。自分の中で「これは練習したらうまくできる、或いはできていた」と思えるようなことがあってよかったと思う。多すぎて手が回っていない気もするけれど。

「する」が「できた」になった時。
それは己を肯定し、生きる糧となる。
前を向いた時に生まれる勇気や愛や力が、私の中に「他者への思いやり」を生み出す筈だと信じている。

どうやら私は立ち上がることができたらしい。もうすぐ歩けるようになるだろう。考えていたよりも早かったかもしれない。
そうしたら、最後の仕上げとして、京都の安井金毘羅へ参ろうと考えている。

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